大人になって自分の中に存在することに気づく無価値感。

これはどこから来たんだろう,どこで生まれたんだろう。

無価値感が生まれた状況やその瞬間を思い出すと,問題ではなくなってきます。

 

 

 一番の原因は親

 無価値感を生んでしまう一番の原因に親があります。

間違って欲しくないのは親は悪いわけではなく,人生の途中で気づけば親の影響も感謝に変わっていくと言います。

あのことがあったから今がある・・・

あの環境だったから学べたことがあった・・・

それに親も未熟で完全ではありませんよね。

  

こんな体験はありませんか?

  • こどものころにやりたかったことを, 親に拒絶された
  • 親から無視されたり否定され続けた
  • 親に褒められる, 認められる機会が少なかった
  • 親が話をあまり聞いてくれなかった
  • 親が自己表現をしていなかった
  • 条件付きの愛だった(何かをしたときに褒められる)

親にいじめられたり,虐待された経験のある人はあまりいないと思います。

ですが,こどもは繊細で大人の言動に敏感なので,記憶のないところ傷ついている可能性があります。

親もその親の影響を受けているので,こどものことは愛していても,愛情表現ができなかったり,言葉が少なかったり,スキンシップがなかったかもしれません。

  

無価値感の連鎖

 次に無価値感が生まれる原因に,比較があります。

比較はある程度成長してから,大人になってもずっと続くので分かりやすいです。

小学校,中学校,高校,大学,すべての教科で点数を比較されてしまいます。

まるで数字の大きい人が,人として優れいてるように。

頭がいい悪い,スポーツができるできない,人気があるない。

社会に出てからも,同僚と比較され,趣味のグループで比較され。

他人からも評価されてしまいますが,自己評価が自分で自分を傷つけます。 

小さい頃の体験で無価値感を持ってしまうと,その後成長していく段階で,常に比較して無価値感が大きく大きくなっていきます。

社会に出てからも価値がないと思っているので,価値のない体験が止まりません。

私はできない,私はダメだ,私は劣っている。

 

 

 無価値感を体験することは無駄ではない

 私たちが無価値感を持ってしまい,その後の人生で辛い体験,大変な体験をすることは,無駄ではなく意味のあることです。

人はうまくいかないこと,良くないことがあって初めて何とかしたいという切実な思いを抱きます。

そのことが,魂の成長に必要なことなのです。

  

あるブログで分かりやすく説明してある記事がありますので引用します。

—– 引用 —–
幼い頃の自我が目覚め始める時に親や周囲の環境によって自我の発達が阻害され,正常な自我が育たなかった場合,その正常に発達しなかった自我がそのままで,肉体だけ成長し、自我は歪んだ自我のままで人格を形成します。

今に至っている状況において、この歪んだ自我の形成に影響を与えた現象,あるいはそういう自我として身についてしまった自分の性癖的なところ,そういう部分をインナーチャイルドと呼びます。

したがってよく,インナーチャイルドとして小さい自分が自分の中にいるという表現をとりますが,これはあくまでもたとえ、あるいは分かりやすい説明をしているだけです。

実際には自分の自我が目覚める時に、その正常な自我の発達を阻害させたもの,あるいは阻害され歪んだままで人格が形成されてきたものです。

そういう場合における自分の歪んだ自我の原因となっている現象を癒していく,
現象を認めながら、それを正常な自我の形成へともっていく,そういう作業がインナーチャイルドのワークになります。

確かに子供を癒すというたとえの方が分かりやすいでしょう。
またワークもしやすいかもしれません。

実際には幼児が人間として成長する時に何らかの形で自我が目覚めていき発達していきます。

幼児の頃はまだ自分という主体的な行動をとることができませんが,だんだん人間として目覚めていくと、自分から行動する,自分の意志を発揮していくという段階に入っていきます。

自分から行動するとき一つの傾向があり,常に被害者意識の観点で行動していく,あるいは常に支配的意識で行動していく,常に周りに合わせて自分をなくそうとして行動していく,いろんな行動のパターンがあります。

幼児から子供として自我が目覚めていく時,これらの魂が身につけてきたさまざまな自分の人格的なもの,自我と呼ばれるもの,それが物質的な現象を通して身についてきます。

したがって自分は親からこうされたとか,先生からこうされた,兄弟からこうされた,こういう意識で育ってくるかもしれませんが,本当のことは魂がすでにそういう歪んだ自我を形成するように進化してきており,その魂に合わせて現実がそういう現象を引き起こしてくるようになります。

ですから実際には親からこうされたという現象ではなく,自分がもっている自我に合わせて親が合わせてくれた,自分の被害者意識を目覚めさせるために,親が自分にいろんないじめをしてきた,という現象なのです。

自分が自分の自我を形成しているだけでですから,本来は親や兄弟が悪いわけではありません。

すべて自分の人生に合わせて自分の人生の流れが自分の設計図通りに進むように親や兄弟が合わせてくれた,これが本来の正しい意味になります。

したがってまず自分がどのように親や兄弟からイヤなことをされたり,先生や友人からひどいことをされたとしても,すべてそれは自分の設計図通りの人生であり、自分の設計図に合わせて周囲の人々が合わせてくれているという状態になります。

ただ問題は常に人のせいにして,自分は正しい,周りの人のせいで私の性格が歪んできた,自分は正しくしようとしているのに周りの環境で自分はこういう歪んだ人間になった,こういう考え方が間違っているということを自分自身で認め理解する必要があります。

自分は今の自我の不完全さや人格的な問題によって今のこの人生をこういう風に体験していく,これは自分が決めたことであり、自分の決めた通りに人生が進んでいるのです。

まずこれを認めることが必要となります。

インナーチャイルドという形を通して自分の幼少期の人格を修正するということは,それは間違いではありません。

それはそれで自分の小さい頃から歪んだ性格として身についてきたものを直すのはとても良い意味があるでしょう。

ただ基本的に小さい頃の自分がいろんな影響を受けて欠点のある自分になったとしても,今の自分が歪んだ人格になっているのは、自分自身の問題になります。

確かに小さい頃の影響が大きいでしょう。

しかし皆さん方はもう今は十分な大人であり,大人であるということはいくら小さい時に被害を受けたとしても,それに負けないで強い心で生きていく,子供の時の障害を常に抱えていたり,それを言動に表すのではなく,それに負けずに強い心で正しく生きていく,本来それが大人というものでしょう。
—– 終わり —–